南イタリア遠征記
〜グランブルーの青い海と俊輔に逢いたくて〜

☆パレルモ編☆



★パレルモ上陸
4月17日土曜日。「もうすぐ着きますよ」と、うさこさんに起されたような気がする。ローマ→パレルモの機内は座った瞬間から爆睡していたので全く記憶がない。

パレルモは夜の10時過ぎ。当然のことながら真っ暗だ。小さな空港なので飛行機のタラップを降りて歩いて建物へ行くのだが、途中で搭乗客が二手に分かれた。
私達はどっちへ行けばいいの? ぼーーーっとしている私に「左でいいみたいですよ。あのオバサンによると」と、うさこさん。係員らしきオバサンが教えてくれたそうだ。

左へ行く人たちの流れに続き、寝ぼけ眼で手荷物受取所へ進む。そこにはターンテーブルが4つあった。だけど私達の便名が表示されていないぞ?
再びうさこさんが係員に尋ねてくださったので、教えられたとおり通路を右に曲がった先にある小部屋へ行く。しかし、待てど暮らせどターンテーブルの上に私たちの荷物は現れない。他の乗客達は自分の荷物を見つけて次々と外へ出て行く。
30分も経つと、あんなに込み合っていた部屋は私たちと2組の外国人(全員イタリア人ではなさそう)だけになってしまった。たまに目が合うと「困ったねぇ、出てこないねぇ」という感じで肩をすくめる。嫌な予感がする。ま、まさか……到着早々ロスバゲか!?

うさこさんが別の部屋のターンテーブルも見てきてくださったが、やはり私たちの荷物はない。
泣きそうになりながら「荷物がないよ〜」と事務所の係員に訴えると、「アリタリアは隣だよ」と英語の返事。あら、英語は通じるのね。隣の事務所ではアリタリアの姉ちゃんが電話中だった。一大事なんだから、早く電話を切ってくれ〜。
ようやく電話が終わったので、荷物がないことを英語で告げる。すると国際線乗り継ぎ組の荷物は、インターナショナル専用の(?)別の部屋に運ばれていると教えてくれた。
そうだったのか〜。小さな空港なのにターンテーブルの数だけは多いのね。それにしても解りづらい。もっとわかりやすい表示にしてくれよ〜。

正しい場所へ行くと私達の荷物だけがポツンと置かれていた。
良かった〜。あったよ〜。無事荷物を受け取り外へ出る。既にクタクタに疲れ切っていた。


★イタリアの交通事情
夜も遅いし、疲れているし、バス停からホテルまでの道のりも定かじゃないし、ここはバスじゃなくてタクシーにしましょうと、空港にたむろしているタクシーを捕まえる。
おじちゃんドライバーにホテルの名前を告げて住所を見せると、ウンウンと頷きながら「オーケー、オーケー」と調子のいい返事。スーツケースを後ろに積んで、シートに体を沈める。ああ、早くシャワーを浴びて寝たいよぉ。

うさこさんがホテルまでの時間を尋ねると30分という返事。
といっても、そんな簡単な会話も私にはさっぱりわからない。もう少し真面目にイタリア語の勉強をしてから来れば良かったなぁ。旅行中イタリア語での交渉はうさこさんとJに丸投げ状態だった私。ちょっと反省。

やがてタクシーは高速を降りて市内に入った。その途端に渋滞にはまる。
昔行ったスペインもそうだったけど、ここイタリアでも運転が荒いし交通マナーが悪い。強引な割り込み、車線無視の逆走、二重の路駐は当たり前。脇から車が突っ込んできたり、バイクが無理やり隙間に入り込んできたりするたびに「うわぁぁぁ」「ひぇぇぇぇ」と声を上げる私達。でもまあベトナムよりはマシかな? ホーチミンでは生きた心地がしなかった。

おじちゃんドライバーは私達の悲鳴なぞどこ吹く風で、上機嫌であちこちを指しながら市内案内をしてくれる。なに言っているのか私にはチンプンカンプンだったけど……。
そのおじちゃんドライバーが、突然後ろを向いて必死に何かを訴え始めた。
はい? ディリッツォ? 何ですか、それ?
「あ。リーメイさん、さっきの紙。住所って言ってるみたい」と、うさこさん。
住所? さっき「オーケー」と言いませんでしたっけ?
なーんて意地悪はせずに、おじちゃんに住所を書いた紙を再び見せる。かくして恐怖のドライブは終わりを告げ、タクシーは無事にホテルに到着した。タクシー代は50ユーロだった。


★ホテル“アルベルゴ・メディテラネオ”
私たちが予約を入れたアルベルゴ・メディテラネオは、朝食込み一泊7000円の3星ホテル。町の中心に近いので、全ての観光スポットへ徒歩で行ける絶好のロケーションである。→

その晩フロントにいたのは恰幅のいい中年男性。特別愛想が良いわけではないが、悪いわけでもない。
淡々とチェックインの手続きを済ませると、それぞれのルームキーを渡された。パスポートは返してくれない。この先の他のホテルでもそうだった。イタリアのホテルは最初の晩はパスポートを預かるみたいだ。どうして???

小さなエレベーターにスーツケースを押し込んで4階に上がり、迷路のような薄暗い廊下で必死に部屋を探す。番号順にたどっていくのに、何故か途中で行き止まりになってしまう。なんでやねん!

ようやく探し当てた私の部屋は、細長いシングルルームだった。バスルームも細長く、ドアを開けるとバスタブが縦に配置されていて(バスタブ付はイタリア滞在中このホテルだけだった!)、その奥にビデ、そのまた奥にトイレと洗面台。ドアからトイレが遠すぎて落ち着かないわ〜。
それにしても部屋もバスルームもとにかく広い。清潔だし、大きな机が付いてるし、一人がけのソファーも付いてるし、これで7000円は安いもんだわ!と喜んでいたら、斜め前のうさこさんの部屋はスーツケースを広げるのがやっとの小さい部屋だった。ヨーロッパのホテルって、同じシングルでも部屋によって大きさが全然違うのよね。

とにかくこの夜は風呂に入って直ぐに就寝。旅先ではやたらと柔らかいベッドが多くて閉口するのだけど、ここのベッドは固めで寝心地抜群。2晩とも熟睡できた。


★パレルモの朝ごはん
4月18日日曜日。天気は曇り。
朝食を取るためにホテル内のレストランを探す。
昨夜はろくに食べていないので、私もうさこさんも腹ペコだ。ウロウロしている私たちに従業員が笑いながらレストランを指し示してくれた。やっとイタリアで初めての食事にありつけるぞー。

レストラン内の他の宿泊客と目が合うたびに「ボンジョルノー」と笑顔で挨拶を交わす。イタリアに来たんだなあという実感が湧いてくる。

朝食はビュッフェ形式。パンは5種類くらいで、噂どおり見るからに甘そうなパンが並んでいる。
ゲゲッ。朝から砂糖やクリームたっぷりの甘いパンは食べる気がしないなぁ。甘いものが苦手な俊輔の気持ちが良くわかる。1種類だけ甘くないパンがあったので皿に載せ、蜂蜜、フルーツ、ヨーグルト、オレンジジュースを取ってテーブルに運ぶ。
コーヒーは自販機みたいな小型のマシンが置いてあって、下にカップを置いてボタンを押すとコーヒーが出てくる仕組みになっている。砂糖やミルクの量はボタン一つで調節できたみたいだけど、使い方がイマイチよくわからなかった。味はなかなか。これで玉子料理(目玉焼きかスクランブルエッグ)が食べられれば言うことないんだけどなぁ。


★いざ、モンレアーレへ!
腹ごしらえをして元気になった私達は、パレルモ郊外のモンレアーレを目指してホテルを出た。
街中を歩くイタリア人たちは、みんな革ジャンやダッフルコートを着込んでいる。そんなに寒くないと思うんだけど・・・。イタリア人て寒がりなの?

まずはホテルの近くのマッシモ劇場前にあるヴェルディ広場でタクシーを捕まえ値段交渉。
ところが、運転手のおじちゃんが何を言っているのか理解できない。
「ええ?なに?わからな〜い!」と身振り手振りでうさこさん大奮闘の末、モンレアーレまで往復で70ユーロらしいことが判明。
「はて?高いんだろうか、安いんだろうか?」
相場がわからない私たち。素直に言い値を受け入れタクシーに乗り込む。……全然交渉になっていない。

バスで行けば凄く安いんだろうけど、某ガイドブックによると乗換えがあって片道40分以上かかるらしい。車だと20分程度だ。明日アグリジェントに向けて出発する私達は時間を無駄にしたくなかった。だってパレルモには見所がたくさんあるし、いくら頑張っても滞在中に見られる数は限られている。

それにイタリアには長い昼休みがあって、その間は全てのものが閉まってしまう。少ない時間でより多くの観光スポットを周るためには多少の出費も致し方ない。一人旅だったら絶対にバスを利用するけど、2人だから折半すれば半額で済むし・・・。という理由から、イタリア滞在中タクシーを利用しまくる私達であった。〔写真1〕


★丘の上のドゥオモ
モンレアーレのドゥオモ前にあるヴィットリオ・エマヌエーレ広場でタクシーを止めたおじちゃんドライバー。
「いつまでも待っているから、ゆっくりと見ておいで」と私達に手を振る。
そりゃ、まだ代金を払ってないわけだから、間違いなくいつまでも待っているでしょうねぇ。

このドゥオモは1174年にグリエル2世によって造られたそうな。中に入って祭壇の正面に進んでいくと、両手を広げたキリストのモザイク画がどーんと目に飛び込んでくる。
ビザンチン式の黄金のモザイクと光り輝くステンドグラスがドゥオモ内部を覆い尽していて正に豪華の一言。それでいて派手ではない。だけどイタリアにいるのに何だか不思議な感覚だ。まるで何処かのイスラムの国にいるみたい。

ガイドブックによると、紀元前8世紀ごろにフェニキア人によって建設されたパレルモは、その後、ビザンチン、イスラム、ノルマン、スペインと次々と支配者が変わり、その結果、多種多様な文化が入り混じってこのようなエキゾチックな街になったらしい。特にアラブ人支配の影響を色濃く残しているという。ゲーテはパレルモを「世界一美しいイスラムの都市」と言ったとか。〔写真2〜5〕

一通り内部を見た後で屋上のテラスへつながる階段を発見。
階段前のドアのところで番をしているおじさんに1.55ユーロを払い、暗い細い石の階段を昇る。やがて外の光が漏れてきて、屋上の通路に出ると一気に視界が開けた。
う〜ん、いい眺めだ〜。空気も澄んでいて気持ちいいぞ〜。高い所が大好きな私は一人ではしゃぎまわっていたが、高所恐怖症のうさこさんは足を震わせていた。



<うさこのワン・ツー> モンレアーレの塔
薄暗い中、狭い廊下を進むと上へと石段が続く。なんだか、古城の石牢にでも連れて行かれる気分だ。
光が見えて、屋根の上の通路にでた。ちょうど、ドームの屋根の高さから、回廊に囲まれた中庭が見下ろせる位置だ。はげ落ちた城壁を思わせる建物の壁と比べると、ずいぶん整った印象の庭である。けれども、北ヨーロッパの庭園ほど装飾過多ではなく、ごくシンプルなのがいい。

通路の突き当たりは、また登り階段だ。進むに従って天井も低くなり、ひと一人通るのがやっとの幅に。
やがて、外の光が見えてくると、そこはすでに塔のてっぺん。塔の壁に沿って階段が着いているだけなので、高いところが苦手な私にはちょっときつい。

それでもなんとか進んで行くと、どちらかのサイトで紹介されていた手すりのタイルが。まわりのデザインにおかまいなく、まるで有り合わせのタイルを貼付けたような一角がおかしいが、ひとつひとつ見るとなんだか愛着がわいてくる。誰かさんのいたずら心を覗き見したみたいだ。

気がつけばここからの眺めは、パレルモの街(?)と海を一望できるすばらしさ。
濃いみどりの中に、オレンジ色の屋根とベージュの壁の家々がすてきな統一感を創り出している。その向こうに海が見えるとは・・・。パレルモが海沿いの街だってこと、忘れてました。[写真6〜8]



★地下のトイレ
ドゥオモから出てきてトイレを探す。すると広場の片隅に「toilette」の文字が。
でも、黒い鉄の柵があるだけなんだけど? 近付いてみると、下へ続く階段が。なるほど、地下にトイレがあるのね。トイレは3つあって、トイレ番の兄ちゃんに50セント払うと使わせてもらえる。
並んでいたのは男性と年配の女性だけだったので、順番を待っているあいだ兄ちゃんのウィンク攻撃のターゲットにされる。何やら話しかけてくるけど全然わからない。首をかしげながら、ひたすらヘラヘラと微笑む私。日本人だなぁ。(苦笑)
やっと順番が来てトイレに入ったら鍵が壊れている。まあ、いいか。兄ちゃんが仕切っているから誰かが突然開けることもないだろう。無事に用を足して戻って行く私を、兄ちゃんは投げキッスで送ってくれた。イタリアンだなぁ。〔写真9〕


★回廊付き中庭『キオストロ』
屋上テラスから見えた回廊付き中庭に4.5ユーロ払って入る。
この回廊には228本の円柱が組まれているのだけど、1本1本に異なるモザイクの模様が施されていて、柱の上部の彫刻も全て違う。いろいろな表情の兵士達(?)や動物達。見ていて飽きないのだけど、ずっと上を向いていたので首が痛くなった。回廊に囲まれた中庭は緑が美しい。心が落ち着く空間だ。
モンレアーレまで足を伸ばして本当に良かった。ここを勧めてくださったうさこさんのお友達に感謝。〔写真10〕


★路地裏の風景
広場に戻るとおじちゃんドライバーがタクシーの脇で手を振って合図していた。
だけど私達はモンレアーレの街並みを写真に収めたいの。もうちょっと待っててね。特にうさこさんは夢中になってシャッターを切っていた。

石造りのアパートメントが両側に並んでいる細い路地は、洗濯物が干してあったりして生活が漂っている。いいなぁ、こういうの。
「何でそんなもの撮るんだか分からん」という感じで、おじちゃんは怪訝な顔をしていたけどね。〔写真11〜13〕


★パラティーナ礼拝堂
「モンレアーレはブラボーだろ? パレルモは美しいだろ? シチリアは最高だろ?」
タクシーの中で繰り広げられるおじちゃんの郷土自慢に、同じくらい高いテンションで相槌を打ってあげる私達。イタリアンの大袈裟な表現に感化されつつあるようだ。

ホテルまで戻らずにプレトリア広場で降ろしてもらい、パラティーナ礼拝堂を目指す。
10分程でそれらしき建物の前まで来たけれど、入り口が見当たらずウロウロする私達。ようやく入り口を見つけて敷地内へ入っていったが、礼拝堂の前にたいそうな数の観光客が群がっている。

その群に向かって大声で何やら説明している女性が一人。イタリア人団体客とその添乗員なのかと思って追い越して中に入ろうとしたら、その女性に厳しい口調で怒られた。
どうやら混んでいるので入場規制していたらしい。ごめんちゃい。

しばらく待ってOKが出たので中に入る。
このアラブ・ノルマン様式の礼拝堂は豪華なモザイク画で覆われていて、モンレアーレのドゥオモと似たような感じ。キリスト教美術の最大傑作と称される「聖ペテロと聖パウロを従えた玉座のキリスト」や「天使に囲まれた全知全能の神キリスト」など、聖書の物語が壁面一杯に展開されていて圧巻である。それらのモザイク画を眺めているうちに、またしても「私は今イタリアにいるのよねぇ?」という不思議な感覚に襲われるのであった。

このパラティーナ礼拝堂はノルマン王宮の2階にあるのだけど、この王宮にも回廊に囲まれた中庭がある。
閉館の12時45分が迫っているけど大丈夫かしらと係員の男性の顔色を伺いながら庭に入ったが、にっこり微笑むだけでお咎め無しだった。
安心して庭をフラフラして写真を撮っていたら、女性係員がやって来て私達を指しながら男性係員にギャーギャー言っている。気の弱そうな男性係員は首を振りながら近付いてきて、私達に出て行くよう促した。
やっぱり時間切れですか。それとも撮影禁止だったのかな?

どちらにしてもイタリア女性は融通が利かないなぁ。反対にイタリア男性は女性に甘いので色々と付け込めそうである。上手に利用しなくちゃ♪〔写真14〕



<うさこのスローイン> カテドラーレ
パラティーナ礼拝堂を出て、再びヴィットリオ・エマヌエーレ大通りをもと来た方向に戻る。礼拝堂そばには奇妙な門。大きな像が彫られている。
門をくぐって、次に目指すはカテドラーレ。通りに面して広い前庭のある美しい建物だ。
写真を撮ろうと構えるが、広すぎてカメラにおさまらない。ウロウロしていると、閉館になってしまいそうなので、写真は出てからにする。
入り口では男の人がマザーテレサのカードを配っていた。チケットかと思って買ってしまったが、よく考えたら、寄付だったかもしれない。〔写真15〕

なかではミサが行われていた。そうか、今日は日曜だった。
神父様の声が響き、人々の声がそれに唱和している。見学してもいいのかな、と不安になるが、観光客はかまわず歩き回っている。じゃまにならないように、後ろや脇の方を重点的に見学。終わるのを待とうとベンチに腰かけた私たちだが、一向に終わる気配がなく、そのうち献金の袋が回って来そうになったので、あわてて席を立つ(笑)。

カテドラーレを見終わって、一応今日の予定は終了。
さて、あとはどうやってキエーボ戦を見るか、である。とりあえずホテルに戻った方がよさそうかな?〔写真16〕


★パレルモはお辞儀ブーム?
ホテルに戻る道すがらバールで軽い昼食を取りましょうかと、ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを歩き始めた。土産物屋のウィンドーを覗いたりしながら気ままな散策を楽しんでいたのだけど、ふと、道行く車に乗っている人々が私達にお辞儀していくことに気が付いた。笑顔だったり真顔だったりするけど、ほとんどの人が軽く会釈してくれる。

あら、パレルモでは日本人を見るとお辞儀するのね。礼儀正しいわ♪
というのは私達の勘違いで、ただ単に通り過ぎる間際に車内から上体を屈めて私達を見ているのが、お辞儀しているように見えるだけだった。

なんだ〜、日本人が珍しいだけなのか〜。だよね〜。お辞儀するわけないよね〜。
事実が判明して大笑いするうさこさんと私であった。


★お勧め料理はパスタ?
ウィンドーに美味しそうなビザやパニーニを陳列しているバールを見つけ、そこでお昼を食べることに決定。
シンプルなトマトのビザを注文しようと店の中に入ったら、威勢のいいダミ声の姉ちゃんが「パスタ?」と聞いてきた。首を振ってウィンドーの中のピザを指したら、「なんだピザか」という風なリアクション。

次にうさこさんがカウンターに近付いたら、またしてもすんごい勢いで「パスタ?」と聞く。同じくピザを注文するつもりだったうさこさんは面食らう。
私達の後ろから白人のおじさんたちが入ってきたら、そちらにもダミ声姉ちゃんは「パスタ?」と叫んだ。びっくりしてキョトンとするおじさんたち。

なんで? なにかパスタを頼まないといけない理由があるのかしら??? 
しかし、これだけ姉ちゃんが勧めても、誰もパスタを注文しない。なんだか笑える。

ピザを温めてもらったけど、店内は満席だったので軒先にあるベンチに腰掛けた。
軒先には一つだけテーブル席があって、そこには10代の初々しいカップルが座っていた。ピザを食べている東洋人が気になるらしく、時々こちらをチラチラと見ている。

ピザを3分の1くらい食べたところで、注文したカプチーノが出来たと店内から声がかかった。それと同時に食事が終わったオジサンたちが、ここに座りなさいとテーブルを空けてくれた。ラッキー♪ 
荷物を持って店内に移動する私達。全然気付かなかったのだけど、このとき私は膝に載せていた帽子を落としていたらしい。

店内でピザとカプチーノをゆっくり食べ、うさこさんが追加注文したパイを少し分けてもらう。甘くないという触れ込みだったんだけど、やっぱり甘いぞ。

なんだか釣銭が合わなかったらしく、うさこさんはダミ声姉ちゃん相手にしばらく悪戦苦闘していたけど、無事に解決して「チャオー!」というダミ声に送られて店を出た。

「あのお姉さん、ピクシーに似てると思わない?」
うさこさんの鋭い観察眼に笑い転げていた私だが、1ブロックほど歩いたところで帽子を持っていないことに気が付いた。
いや〜ん、お気に入りの帽子なのに〜。慌てて店に戻ると、軒先のテーブル席にいたカップルの女の子が立ち上がって、恥ずかしそうに私の帽子を差し出した。
まあ! 私が戻ってくると思って持っていてくれたのね。ありがとう!
何度もお礼を言って立ち去る私に、彼女は天使のような笑顔で手を振ってくれた。
なんて可愛い子なんだろう。旅先でこういう親切に触れると本当に嬉しい。


★レッジーナの試合を観たい!
ホテルに戻り、うさこさんを私の部屋に呼んでテレビの前に陣取った。
3時からのキエーボ対レッジーナを観なくては。

だけど、全てのチャンネルをチェックしても、見慣れないチームの試合しかやっていない。
淡いピンクのユニと白いユニが対戦している。ピンクのユニはどうやら地元パレルモらしい。ということは、昨日行われたセリエBの再放送だ。

「も〜!! 昨日のセリエBより、今やってるセリエAでしょ!!」
うさこさんの怒りが炸裂する。
そういえば、セリエAの試合はスカイテレビでしか見られないと、聞いたような気もする。ということは、ホテルでは無理? 外に見に行こうにも、昼休みで近くのバールは全て閉まっているし、雨がザーザー降り始めたし、既に戦意喪失な私。

そのうちに、何やら実況っぽい番組を発見。スタジオでチアガールみたいな格好をしたギャル達が、自分の贔屓のチームが得点するたびに喜んで飛び跳ねるという軽いノリの番組だ。
ゴールが決まると時折映像がスタジアムに切り替わるのだけど、別に試合を映してくれるわけではない。スタンドで尋常ではない盛り上りを見せるサポやアナが映るだけ。その光景は、まるでさよならホームランが飛び出した時の虎軍さながら。

ありがたいことに画面の下に各試合の速報が出るので、二人して2時間食い入るように速報を追いかけた。
最後までキエーボ対レッジーナのスコアは0−0だった。引き分けか…。俊輔は出たのだろうか…。
最後の方に、各チームのインタビューの様子が映し出された。ハイライトもやってくれるかな?と一瞬期待したが、レジで出てきたのはカモレーゼ監督だけ。

なんだよー! お前の顔なんか見たかねーよ!! 俊輔の情報を流せーーー!!
テレビの前であらん限りの悪態をつく私達。

スポーツニュースが始まったのでレッジーナ情報をひたすら待つが、いつまでたってもレジの話題は取り上げられない。
そうこうするうちに無性に眠くなってきた。私の体内時計はまだ日本のままらしい。日本時間は深夜0時過ぎ。眠くなるのも無理もない。

タオルミーナでの宿泊場所を決めなくてはいけないので、ガイドブックを手にするのだけど、頭が全然働かない。うさこさんがあれこれホテルを検討する声が、遥か彼方から聞こえてくる。
う〜ん、瞼が重いよ〜。ついに私が船を漕ぎ出したので、うさこさんは諦めて自分の部屋に戻っていった。

うにゃうにゃ。眠いよぉ。ちょっとだけベッドで横になろう。
しかし、そのまま熟睡モードに入ってしまった私。うさこさんは何度か私の部屋をノックしたらしいが、当然中からは何の反応も無かった。うさこさん、ごめんなさい。


★『ア・クッカーニャ』でのディナー
夜7時過ぎのうさこさんのノックに気が付き、ようやくお目覚め。寝起きのボケボケ頭で夕食を取るために夜の街へ出かける。

某ガイドブックに載っているホテルから比較的近い『ア・クッカーニャ(A Cuccagna)』の店先でメニューを眺めるけど、イタリア語なのでさっぱりわからない。けど、ここで食べることに決める。

席に着いて渡されたメニューもやはりイタリア語。うさこさんが持参した『指さし会話帳』を見ながら必死にメニューの解読に努めるが難しい…。店員を呼んで英語で質問するけど、店員さんの英語の説明も何だかなぁ…。わかったような、わかんないような…。

結局、パルマの生ハム、魚介類のパスタ、野菜サラダを注文、、、したつもりだったんだけど、出てきたパスタを見て二人で首を傾げてしまった。
ほぐした魚の身(1種類だけ)をあえたパスタでクセの強い香草がトッピングされている。ペスカトーレみたいなものを期待していたんだけど…。食べてみたら、なんともビミョーな味。
口直しに生ハムに手を伸ばす。パスタを食べては直ぐに生ハムを口に入れることの繰り返し。量が多くて食べても食べても減らないのが悲しい。生ハムもデカイ皿にでーんと出てきてしまって、半分も食べないうちに飽きてしまった。だんだん無口になる私達……。

「イタリアはいいよ。なに食べても美味しいよ!」と皆が言っていたのに変だなぁ。
最後に出てきた普通の野菜サラダだけは、あっという間に平らげた。生野菜が一番美味しいって何なのさ…。あ、ワインはそこそこ美味しかったけど・・・。
片言の日本語を話す店員が皿を下げながら「オイシカッタ?」と満面の笑みで聞いてくる。日伊の友好のために本音は隠しておいた。

途中のバールでミネラルウォーターを買ってホテルに戻り、ゆっくり風呂に入ってこの日は就寝。イタリア滞在中は、ずっと早寝早起きの健康的な日々を送っていた。何故か旅先だと早起き出来るのよね。


★ジェズ教会は何処?
4月19日月曜日。今日も曇り。
「イタリアに来てからホテルの朝ごはんが一番美味しいって悲しいわね…」
朝食をとりながらうさこさんが呟く。激しく同意。

うさこさんが朝一で購入したガゼッタによると俊輔はキエーボ戦には出なかったようだ。つまらない試合だったようで酷評されていた。(もちろん訳したのはうさこさん)

俊輔不出場にどんよりとする私達。ヘソを曲げてハンガリーへ行っちゃったらどうしよう。最悪のシチュエーションが頭の中をよぎる。

と言っても、今日は忙しいので落ち込んでばかりもいられない。午前中にジェズ教会見学とアグリジェント行きのバスチケット購入を済まさねば。気を取り直して外出し、ジェズ教会を目指して歩き始めた。

しかし、地図を頼りにジェズ教会へ続く曲がり角を探すのだけど、細い道がたくさんあって、いったいどれを曲がったらいいのやら。強盗に遭ったりしたら困るので、あまりに細くて暗い道を曲がるのは避けたい。
何度か行ったりきたりを繰り返して困り果てたところで、うさこさんが掃除夫のおじさんに道を尋ねた。おじさんは大げさな身振り手振りで自信たっぷりに教えてくれたんだけど、どう考えてもおじさんの指示は地図と反対のような気がする。案の定おじさんの言葉どおりに進んだら……なんとジェズ教会ではなく中央駅にたどり着いてしまった。まあ、中央駅にも用事があるからいいんだけどさ・・・。〔写真17〕


せっかくなのでバスチケットを先に買うことにする。
中央駅の裏側にあるバスターミナル周辺にはバス会社のオフィスが並んでいる。私達はイタリア各都市間を結んでいるプルマンと呼ばれているバスでアグリジェントまで行くことに決めていた。バスは重い荷物を持って階段を上り下りする必要もないし、何よりも安い! 

オフィスで尋ねるとアグリジェントまで6.9ユーロだった。タクシーで市内を走るよりも安いじゃん! 
チケットは乗車するときにバス内で買うらしい。私達は12時のバスに乗ることに決めて、再びジェズ教会を探し始めた。その時、駅のすぐ近くでサッカースタジアムの標識を見つけ、記念にパチリ。そういえば、来季パレルモはセリエAに昇格らしい。〔写真18〕


★パレルモで一番ステキな場所
うさこさんが今度は出前のお兄さん(巨大なピザを徒歩で運んでいた)に道を尋ねてくださり、ようやく正しい曲がり角を発見。その道は風情のある旧市街につながっていた。

ほんの数分でジェズ教会にたどり着いたけど、外見はなんの変哲もない地味な教会だなぁ…。本当にこの教会がそんなに素晴らしいのだろうか?

実はこの教会は以前うにさんが訪れており、うにさんの書かれた旅行記(『うにの旅日記』はこちら→ トップページはこちら→)に登場する。うにさんが絶賛するのを読んでから、私も是非この教会には足を運びたいと思っていた。うさこさんもパレルモに着いてからずっと「ジェズ教会は絶対に外せないわ。うにさんのお勧めよ」と繰り返していた。

念願の教会にたどり着き、重い扉を開ける。すると、そこには外観からは予想もつかない華麗な空間が広がっていた。
うっわぁぁぁ。なんて綺麗なんだろう……。
あまりの美しさにお馬鹿さんのように口をあんぐり開けたまま元に戻らない。

『地球の歩き方』には“シチリア・バロックの豪奢な装飾に思わず唸る”と書いてあるけど、私の場合、完全に呆けていた。うさこさんは「なんか泣きそう・・・」と感激して涙ぐんでいる。

教会の隅から隅まで見て回り、豪華な装飾の数々に溜息をつく。何時間でもずっとここで、心地よい静けさに包まれたままウットリとしていたい。
観光ルートから外れているため、訪れる観光客は非常に少ない。ほとんど貸し切り状態だ。もったいないなぁ。もっとたくさんの人に見て欲しいのに。
他に比べて歴史的な価値が低いからなのか、ガイドブックのお勧め度は星二つ。だけど、うさこさんと私にとっては絶対に忘れられないパレルモで一番ステキな場所となった。

この美しい教会をいつまでもこのまま維持して欲しいという想いから「私、この教会なら献金してもいいと思うわ」と珍しく殊勝なことを言い出し、教会内を歩き回って献金箱を探すのだけど見当たらない。
イタリア語がからっきし駄目な私だけど、祭壇の近くに立っていた関係者らしきおじ様に思い切って話しかけてみた。
“offerta”(イタリア語で献金)と言って財布を握り締めていれば通じるだろうと高を括っていたのだけど通じない。どうしよう。どうするも、こうするも、それ以外の単語を知らないので、ひらすら“offerta”を連発するしかないんだけど…。

困り果てたおじ様は司祭様を呼んできてしまった。もしかして金満日本人が大口の寄付を申し出ていると勘違いされてしまったのだろうか。焦りまくって司祭様の前で固まる私。
すると、おじ様は流暢な英語で「この教会のために小額の寄付をしたいのですよね?」と聞いてきた。なんだ、英語しゃべれるんだ。「そうなんです!」と急に元気になる私。
無事に献金箱の在り処を教えてもらい5ユーロ札を挿入した。こんなに大騒ぎしたのに、たったの5ユーロでごめんね。〔写真19〜23〕



<うさこのピンポイント> カッチーニのアベマリア
「カッチーニのアベマリア」という曲をご存じだろうか。
私がこの曲に出会ったのは、スラヴァというカウンターテナーの歌手のアベマリアの曲ばかりを集めたCDの中。透明な、というより擦りガラスのようなスラヴァの声で歌い上げられるこの歌は、最後までマリアへの呼びかけで終始するのだが、聞いていると、わけもなく背筋に戦慄が走る。心がざわざわとして、やがて不思議な、あたたかい涙のような幸福感に包まれてしまう。

ジェズ教会に足を踏み入れた瞬間、同じ感覚が走った。強烈だった。
全体が、白というか淡いグレーとえんじ色のトーンに包まれ、細かいが陰影の深い彫刻でびっしりと埋め尽くされたような柱や梁。教会なのに、墓所と言った方がぴったりくるような、しーんと冷たく澄み切った空気。

その中にいると、そういうものを「見る」というより、それらに「祈り」を捧げたくなる。
宗教的というより、人間の本能的な「畏れ」の気持ちが呼び覚まされてしまうのかもしれない。「ひれ伏したくなるような」強い意志と深い愛のようなものを感じる。
でも威圧感というのとも違う。私はキリスト教徒ではない。どちらかと言えば宗教には抵抗を感じる方だ。が、信仰心に近いものは常にどこかにある。その気持ちが揺さぶられるようだった。

リーメイさんと少し離れて、不思議な静けさに浸ったまま、教会の中をさまようように歩いていた私は、いつの間にか近くに来ていたリーメイさんに、「『カッチーニのアベマリア』って知ってます?」と尋ねていた。別に歌の話をしたかったんじゃないと思う。耳の中でずっと、あの中性的な、天上から聞こえてくるような歌声が響いていたのだ。私にとって、ジェズ教会は、まさしくあの「アベマリア」の世界だった。



★いざ、アグリジェントへ!
いつまでもジェズ教会にいたかったけど、そういうわけにもいかないので、後ろ髪を引かれる思いで外に出た。ホテルに戻る途中にあるマルトラーナ教会とサン・カタルド教会を急いで見学し、プレトーリア広場とクアットロ・カンティの写真を撮る。〔写真24〜26〕

もうすぐパレルモともお別れだ。名残惜しいなぁ。
ホテルをチェックアウトしてタクシーでバスターミナルへ。まだ時間があるので、交代で荷物番をしながら、お金を下ろしたり食糧を買いにいったりする。

出発15分前にバスが来た。バスの胴体部分にある荷物入れにスーツケースを押し込み、ドライバーに料金を払って席に着く。最初は前の方に座ったのだけど、半分から後がガラガラなので後方へ移動。
それぞれ二人掛けのシートを一人で占拠して、ゆったり気分でくつろぐ私達。うーん、快適だわ〜。

中央駅バスターミナルを発ったバスは、しばらくすると郊外を走り始めた。青々とした緑や黄色い花々。絵本のような景色を楽しみながらアグリジェントまでのバスの旅を楽しんだ。〔写真27〕


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