南イタリア遠征記
〜グランブルーの青い海と俊輔に逢いたくて〜

☆復路ボロボロ編☆




4月26日月曜日の夜〜4月28日水曜日の朝

☆ナポリからは地獄
中央駅を出た夜行列車はすぐに次の駅サンジョバンニで停車。こちらの駅の方が大きいのか、ホームにたくさん人がいた。
サンジョバンニ駅を出た後に車掌さんが検札にやってきたが、問題なく検札終了。

買っておいたパニーニを食べてしまうと他に特別やることもなく、11時には寝ましょうかということになった。うさこさんも私も背が高いので、3人掛けのシートに横になる時は足を少し折り曲げないといけない。まあでも、コンパートメントに二人きりでリラックスできるし、夜行列車を利用することによって宿泊代を浮かせることができたのは悪くない。やはり列車の移動にして良かったなあと、その時はのん気に考えていた。

寒くなってきたので荷物の中から着る物を引っ張り出して体に掛け、列車の振動に体を預けてどのくらいうとうとしていただろうか。列車が駅に停まるたびに人が乗り込んできて、通路を人が行き来する音が聞こえてきたけど、私たちのコンパートメントには誰も入ってくることなく数時間が経過した。終点のテルミニ駅に着くまで、このまま横になって眠っていられるものと思っていた。レッジョ中央駅の窓口のオヤジの「空いているから大丈夫」という言葉を信じていた。しかし、ナポリに着いたときに悲劇は始まった。

ナポリで列車が止まったときに、半分目が覚めかかった。随分たくさんの人たちが乗ってきたことはコンパートメントの外側の通路を歩く人々の気配で分かった。でも自分たちには関係のないことだと思って、再び眠りに落ちようとしたその瞬間、誰かが私たちのコンパートメントのドアを開けた。びっくりして起き上がる私。そこにいたのは、体はデカイが気の弱そうな白人のお兄ちゃん。おどおどしながら英語で「ここ、いいかな?僕の席、ここなんだけど」と自分の切符を見せた。

いや〜ん、このコンパートメントは私たちだけで使えるはずじゃなかったの?
横になって眠れないじゃないかよー!あの窓口のオヤジ、本当にどうしてくれよう。

しかし、乗り込んできたのは、この兄ちゃんだけではなかった。次の駅でアラブ系の男性3人が乱暴にドアを開けコンパートメントに乱入してきたのだ。ちょっと、ちょっと、こんなむさ苦しい連中が入ってくるなんて、いったいどういうことなのよー!

一気に眠気が覚める私と、それでも眠りの世界にいる意外と図太いうさこさん。おまけに奴らは座席の前に置いてあった私たちのスーツケースを勝手に棚の上に放り投げやがった。棚の位置は高いので、そこから重いスーツケースを降ろすことは私たちには不可能だ。ブーブー文句を言う私にテルミニ駅に着いたら降ろしてやると奴らは約束。そのまま有無を言わさず席に腰を下ろしてしまった。
結局6人掛けのコンパートメントに6人が座ることに。しかも男4人は体格のいい奴ばかり。狭いよ〜。ギュウギュウだよ〜。満足に足を伸ばすことさえできない体勢であと5時間以上も我慢しなくちゃいけなんて辛すぎる。
あの窓口のオヤジ、呪い殺してやるー!

体の向きを変えることもできず、ぐっすりと眠ることもできず、まんじりともせずに地獄の責め苦ような時間がすぎる。そして夜が白々と明けてきた頃、列車は定刻の6時45分にテルミニ駅に到着した。
やっと着いたよ〜。早くここから逃げ出したーい!

列車が完全に停車すると、アラブ系男性3人組は自分たちの荷物を持ってさっさと降りて行こうとする。
おい、こら!私たちのスーツケースを棚から降ろせー!
しかし奴らは私たちがスーツケースを指して騒いでいても知らん振り。完全に無視されてしまった。

おい、こら!レディーに対してその態度は何なんだ!少しはイタリア男を見習わんかい!
すると例の気の弱そうな兄ちゃん(ドイツ人らしい)が「僕がやるから」と2つのスーツケースを棚から降ろしてくれた。列車からホームに降ろす時も手伝ってくれた。よしよし、やっぱりこうでなくちゃね。兄ちゃんがいてくれて本当に良かったよ。ありがとう。

ホームに降り立つと、夜が明けたばかりのひんやりした空気が辺りを包んでいた。寝不足と疲れで頭に靄がかかっていたけど、ちょっとだけスッキリしてきたぞ。さて、気を取り直して空港に向かうとしよう。



☆レオナルド・エクスプレス
空港とテルミニ駅の間はレオナルド・エクスプレスという直通電車が走っている。空港の正式名称がレオナルド・ダ・ヴィンチ空港なので、こんな名前がついたのかしら。
案内表示に従ってレオナルド・エクスプレスの乗り場を目指すが、これが歩けど歩けど乗り場にたどり着かない。矢印の通りに進んでいるのに、途中で矢印の向きが突然逆を向いてしまう。いったいどういうことなんだろう。困惑する私たち。
あちこち動き回ってみたけれど、まるで巨大迷路にはまってしまったように同じ場所をグルグルしているだけ。こういうときは振り出しに戻るのが一番だ。ということで、元のホームまで戻って表示を見直す。すると、そもそもの出発点が間違っていたことが判明。ありゃりゃ〜、こりゃ着くわけないわ。正しいルートをたどり、やっと乗り場に着いたときには、相当な距離を歩いていた。ああ、疲れたよ〜。

切符はレオナルド・エクスプレスの出るホームの階段を降りたところにある売店で買える。代金は9.5ユーロなり。ガイドブックには8.8ユーロと書いてあったけど値上がりしたみたいだ。車内は空いていて、空港までの約30分は快適だった。



☆幻のゆで卵
レオナルド・ダ・ヴィンチ空港(通称フィウミチーノ空港)に到着した私たちは、とりあえず空港内のビュッフェスタイルのレストランで朝食を取ることにした。昨夜はパニーニしか食べていないし、地獄の一夜を過ごしたし、レオナルド・エクスプレスに乗るまでに長い長い散歩をしたし、もう超腹ペコだ。アリタリアだから機内食も期待できないし、ここで十分にエネルギー補給をするぞ!

プレートの上にあれもこれも食べたい物を選んで乗せていたその時、白い楕円形のつるっとしたものが盛られている深い皿が目に入った。
きゃあ、やっとゆで卵に出逢えたわ!ずっと朝ごはんに卵がなくて寂しかったのよ!

私は喜び勇んでゆで卵をプレートに乗せると、意気揚々とテーブルに戻った。
あれ?このゆで卵、形がちょっと崩れているけど、もしかしてポーチドエッグ?
不審に思いながら卵をフォークで半分に割ってみたら、中身は真っ白。
あれれ?黄身はどうしちゃったの?
首をかしげながら口に入れてみたら、それはゆで卵でもポーチドエッグでもなかった。

「うさこさん、これ、モッツァレラチーズだった・・・」
「あら、玉子じゃなかったの?」と、うさこさんもびっくり。

ああ、すごいショック。モッツァレラチーズは大好きだし、このレストランで食べたものも新鮮でとても美味しかったんだけど。。。でもでも、私はゆで卵が食べたかったのよぉ。まったくぬか喜びさせやがって・・・。なんて紛らわしい形をしているんだ、モッツァレラチーズめ。日本に戻ったら気の済むまで卵を食べるぞ!



☆トロンチーノと俊輔の関係
搭乗手続きを済ませて身軽になった私たちは、空港の免税店でお買い物。オリーブオイルやワインなどの重たい買い物は最後に残しておいたのだった。
会社へ持っていくチョコレートを選んでいるとき、私はある物が目に入り、菓子類の棚の前からしばらく動けなくなってしまった。目に留まったのは“TORRONCINO”という文字。これかあ。これがトロンチーノかぁ。

俊輔がイタリアに渡った年に、俊輔が現地の人達から「トロンチーノ・ジャポネーゼ」と呼ばれているという記事を読んだ。俊輔のあだ名になってしまうトロンチーノって、いったいどんなお菓子なんだろう。
それ以来ずっとトロンチーノという名前が頭の片隅から離れなかった。ずっと気になっていたそのお菓子が、今、私の目の前にあるのだ。

手にとって良く見てみると、細長い長方形のパッケージに書かれた絵は、いかにも甘そうな白っぽいヌガーみたいなお菓子。中にアーモンドが入っている。うーん、遂に実物を見つけたけど、どうしてこれが俊輔につながるのか分からない。食べてみれば分かるかも。でも死ぬほど甘そうだ・・・。散々迷った挙句、結局買わずに棚に戻した私。ファン失格かしら・・・。

買わなかったものの気になって仕方がないので、帰国してからネットでトロンチーノについて調べてみた。
トロンチーノとはパネトーネ、パンドーロと並んで、イタリアでクリスマスシーズンに食べられるお菓子だそうな。シチリアはシラクーザ発祥のお菓子で、シチリアがアラブの植民地だったころに伝わったお菓子だとか。

トロンチーノの大きいものはトローネというらしい。ということは、俊輔は小さいイメージということか?
非常に甘いお菓子だけど、苦いエスプレッソとは相性抜群らしい。ということは、俊輔は甘いイメージだけど、厳しいカルチョの世界との相性はいいと考えられているということか?(飛躍しすぎ?)
トロンチーノには軟らかいタイプと硬いタイプがあるらしい。でもって、軟らかいタイプの出来たては温かくてホワッとしているらしい。そして、トウモロコシの粉から作ったオブラートのようなシートにはさんで食べるらしい。ムムムムム。だんだん俊輔のイメージに近づいてきたぞ。(そう思っているのは私だけ?)
華奢で、雰囲気がホワッとしていて、甘いイメージで、神秘的のベールに包まれている東洋の青年。だけど厳しいカルチョの世界とは意外と合うんだよ。
そんな感じなのかしら。どなたかご存知の方がいらしたら、教えてくださいませ。



☆アリタリアとのバトル
飛行機に乗ってからのことは、機内食がまずかったこと、「ホテル・ハイビスカス」という心温まる邦画を見たことしか覚えていない。あまりに疲れていて、その後の時間は爆睡していたと思う。
10時間を越える長いフライトの後、午前8時過ぎに成田に降り立った私たち。もう疲れきってボロボロだ。しかし、ここで解散してこの旅は終了、というわけにはいかなかった。
何故なら、私たちには空港閉鎖のために欠航となったレッジョ−ローマ間の航空券の払い戻しを請求するという最後の大仕事が残っていたから。

レオナルド・ダ・ヴィンチ空港のアリタリアのカウンターで搭乗手続きをしてくれたのは日本人係員だった。係員のお姉さんに払い戻しをしたい旨を伝えたら、アリタリアのサービスカウンターで相談して欲しいといわれた。さあさあ、イタリアお得意の「責任転嫁のバケツリレー」の始まり始まり〜。
探し当てたサービスカウンターに座っていたのはいかにもやる気のなさそうな男性係員。とえあえず空港のサービスカウンターなんだから英語は通じるよね。

「レッジョの空港が閉鎖されていて、ローマまでのフライトが欠航となったので、こちらで払い戻しできればと思いまして。」
男性係員は片方のマユを上げると、ふんぞり返ったまま面倒臭そうに答えた。
「チケットを買ったところで相談してくれ。どこで買ったんだ?」
「日本ですけど」
「じゃあ、日本で言ってくれ。ここで言われたって困るよ」
「・・・・・・」

多分何を言ったところで誠意ある対応は期待できそうもないな。それに疲れきっていてケンカする元気もない。もういいや。私はこの時点で払い戻しを諦めていた。
しかし、うさこさんは成田に着いてからも払い戻しの道を探っていた。成田のカウンターでもチケットを買った代理店で相談してくれと言われたうさこさんは、後日代理店でアリタリア航空へのクレーム申し立ての用紙を私の分までもらってくれた。
そして、うさこさんは代理店を通じて、私は個人で(代理店に任せたら面倒なことは後回しにされるに決まっているので信じられん。自分でやると言ったときの、タビニ担当者の声の嬉しそうだったこと!)アリタリアへクレームの申し立てを行った。チケット購入の証明書(領収書等)を送れとか、使わなかったチケットを送れとか、レッジョ→ローマの列車の切符を送れとか、小出しにあれこれ面倒なことを要求してくる。一度に言ってくれればいいのに。
こうやって「面倒だからもういいや!」と思わせるのが敵の得意技らしい。だけど、ここまできたら意地である。どんな長期戦になろうとも最後まで諦めないぞ!

7月初旬とうとうアリタリアからクレームについての最終決定の通知が来た。航空券の払い戻しはできないが、レッジョ→ローマの列車代32.59ユーロを補償してくれるという。
まあ、上出来かな。二人とも格安チケットだから払い戻しできるわけないし、列車代を返してもらえるだけでもラッキーだよね。こうしてアリタリアとの長いバトルに終わりを告げ、私たちのイタリア旅行も本当の意味で終わったのだった。うさこさん、お疲れさまでした!



☆後日談
帰国後Jからもらったメールで、Jがブレシアの練習場でレイコちゃんと再会したことを知った。まさかこんなところで会うなんてと、二人ともとてもビックリしたそうな。
その後二人はミラノでロベルト・バッジョ現役最後の試合であるミラン対ブレシアを一緒に観戦。Jがミラノを発つまで行動を共にしたとのこと。うにゃ?なにやらロマンスの香り!?

そのレイコちゃん、今度は8月にチケットピアのトークバトルの会場(横浜そごう)でうさこさんと偶然再会。その日レイコちゃんと一緒にいたのは掲示板仲間のきょんさん。とことん私たちと縁がある人だ。そういえばレイコちゃんはレッジョでうにさんとも一緒になっている。

そんなわけで、後日レイコちゃん、うさこさん、私の3人で小規模なレッジョ同窓会を青山元気で開いた。飲んだのはもちろん俊輔割り。
そのときにJのことを話題にしたら、「ええっ? Jさんとロマンスですか?」とレイコちゃんに笑い飛ばされてしまった。なんだ、ロマンスはなかったのか。つまんないの。(笑)

更に驚いたことに、Jがミラノを発ったのと入れ替わりに、S君がレイコちゃんと同じホテルにやって来たそうだ。
そう、私達がパルマ戦の日にオレステグラニッロの外で会った、あのS君。レッジョのトニー&ジローに歌わされた、あのS君。Jにやたらなついていた、あのS君である。
あの場にレイコちゃんはいなかったので、レイコちゃんはS君の存在を知らなかったが、何故かS君はレイコちゃんのことを旅の途中(レッジョ以外)で見かけていて彼女のことを知っていた。そして、レイコちゃんからJがミラノを発った直後であることを聞いて、S君はとても悔しがっていたそうな。何度も「Jさんと会いたかったー!」と叫んでいたらしい。

飲んでいる最中にレイコちゃんがS君に携帯からメールすると速攻レスが返ってきた。彼はうさこさんと私を「スタジアムの外でピザを食べていた人たち」として覚えていた。
そうか、S君の記憶の中では私達はビザを食う女なわけね。ちょっとビミョー。そんでもって、S君はそのメールでも「Jさんに会いたかったー!」と叫んでいた。男には大人気のJ。S君とミラノで再会できていればロマンスが生まれたかも?(おいおい)

人の縁とは不思議なもの。皆どこかで繋がっているんだね。




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